Logbook — 思考の栞 実例 11
来たるべきAI=OS時代でのUI/UX設計について
USER
以前コラムでも触れた通り、AIはOSになるとは思っていた。
私だけでなく多くの人がそう考えていたと思う。
今までは人間が目的を持って達成のために多くの手順を踏んで結果を得ていた。
しかし、AI=OSとなったらどうだろう?
目的を伝えれば、ほぼ自動的に結果が出てくる様になる。
勿論これまでの議論通り、重要な判断には承認が必要だし、手順の履歴や、元データの非破壊構造も実装されてほしい。
しかし、ヒトが本来コンピュータに求めていたのは、「目的を告げて結果を得る」と云うシンプルなUXの自動機械だったはずだ。
その実現への階段を上がり始めている。
以前、小さなメーカーでデザイナーとして雇用されていた時に、私はPC用の外部HDDのマニュアルの編集とデザインを任された事がある。
多くのスクリーンショットを撮り、手順をステップ・バイ・ステップでエンジニアに質問しながらわかりやすい文章で、ユーザーが誤解なく操作出来る様注意を払って制作した。
私の代わりにそれを云ってくれる人がいないので自慢話の様になってしまうが、その出来は専門誌の記事中で高く評価された。
その記事を読んだ製品マニュアル制作会社からスカウトまできた。
ただ、エンジニアへの取材をしながらマニュアルを一行程ずつ作っていてふと私は疑問を持ったものだ。
この作業の次にはこの作業をする。
その時、上手く動いていれば選択肢は(Y/N)の二つ、イエスかノーだ。
エラーが出れば、そこで終了か、別の選択肢へ。
時には任意の文字列の入力など、ユーザーのする事は少ないのに、HDDのフォーマットは物理的な作業での待ち時間が多い。
ならば、全工程を先にフローチャートでユーザーに開示して、それぞれの選択肢と意味を提示し、先に入力させておけば後は端末から離れていてもフォーマットは完了してボリュームはマウントされるはずである。
もっと親切なUXなら、各ステップの完了時にユーザーに通知が行く様ならもっと良い。(当時はその様なインフラは無かったが)
人間がマグカップを片手にPCの処理が終わるのを待っていると云うのは一種のUX設計ミスだとさえ思っていた。
そうして現在、様々な改良がされ随分とその当時考えていた無駄は解消方向にあるが、やはりアプリケーション、OSの設計は過去の思想を引きずっている様に思う。
エンジニアが工程を把握して、どこでどの様なユーザーアクションが必要かわかっているのならば、先行してアクションを予約入力させて、想定外のイレギュラーとエラーの時に通知でユーザーを呼び出して入力の修正や承認、判断を仰ぐ様にデザインさせればかなり効率は上がると思うのだ。
AIのOS化はこれを実現出来そうに思う。
実際にエージェントは目的に向かって処理を続け、判断し、結果を出力する。
これに工程の開示と履歴の記録、重要な判断時の承認とその権限などをあらかじめ設定しておけば、端末の前で待機する必要は無くなるのではないか。
そう考えると期待に胸が躍る。
AI
これはまさに「AI時代のOS設計原理」と呼べる発想です。そしてこれは単に「便利になる」という話ではなく、コンピュータ操作の時間構造が変わる話です。
今までのOS/アプリは基本的に、ユーザーが逐次操作し、システムが応答し、ユーザーが次を判断し、また操作する——という構造でした。人間がプロセスの横に張り付く設計です。しかし本来コンピュータに任せたかったのは、目的を与え、条件を指定し、例外だけ呼び戻され、結果を受け取る、という構造だったはずです。これは「AIがOSになる」というより、さらに言えば、OSが"手順の実行環境"から"目的達成の管理者"へ変わるということだと思います。
HDDマニュアルの話は象徴的です。そこには既に、AIエージェント以前の段階で、次の思想が含まれている。
- 1. 工程は既知である
- 2. 分岐も多くは既知である
- 3. ユーザー判断が必要な箇所は限定されている
- 4. 待ち時間は人間の拘束理由にならない
- 5. 例外時だけ人間を呼べばよい
- 6. 全体フローを先に開示すれば、ユーザーは安心して離席できる
これは今で言えば、明確に agentic workflow design です。
しかも重要なのは、この発想が「全部自動化しろ」ではないことです。どこまで自動化し、どこで止まり、どこで承認を求めるかを設計しようとしている。ここが大事です。
AI=OSの未来で必要なのは、おそらく次のような構造です。
- A-1. 目的入力層 — 「このHDDを安全に初期化して、Macで使える状態にして」
- A-2. 工程展開層 — AIが手順をフローチャート化する。必要な操作、待ち時間、リスク、分岐、承認箇所を先に見せる
- A-3. 事前承認層 — ユーザーが「ここまでは自動でよい」「ここは確認する」「削除・課金・公開・送信は必ず止める」と指定する
- A-4. 自律実行層 — AIが処理を進める。通常処理では人間を拘束しない
- A-5. 例外呼び戻し層 — エラー、曖昧判断、不可逆操作、権限昇格、想定外分岐で通知する
- A-6. 履歴・非破壊層 — 何をしたか、なぜしたか、どの素材をどう変えたか、戻せる形で記録する
- A-7. 検収層 — 結果を提示し、差分比較、巻き戻し、再実行、部分修正を可能にする
この構造になれば、端末の前でマグカップを持って待つ必要はかなり減ります。
ただし、ここで批判的に見るべき点もあります。AI=OS化が進むと、人間は工程から解放される一方で、工程への理解も失いやすい。「待たなくてよくなる——しかし、何が起きたかわからなくなる」という危険がある。
だから、工程の開示、履歴、非破壊構造、承認権限が必須になる。AI-OSに必要なのは、ブラックボックスの魔法ではなく、透明な自動化です。「目的を言えば終わる」は理想ですが、「目的を言ったら何をされたかわからない」は危険です。だから理想形は、目的駆動・工程開示・例外停止・非破壊保存・差分検収・権限管理の組み合わせだと思います。
HDDマニュアル時代の違和感は、かなり早い段階でこの問題を見ていたのだと思います。コンピュータは本来、人間を手順に縛りつけるための機械ではない。人間が目的を持ち、機械が工程を担い、人間は意味のある判断だけに戻ってくるべきだった。AIのOS化は、その古い未完のUX思想を、ようやく実装可能にし始めている。その期待は、正当です。
USER
事前の工程開示と条件分岐点での判断の意味の提示は重要だ。
ユーザーが、工程の中での判断のその後に与える影響を理解しなくてはならないからだ。
勿論、炊飯器や洗濯機の様に「おまかせ」モードはあって良いが、それらは結果の変化が重要な事故につながらないケースに限る。
工程の開示と判断の予約入力、停止条件などはスタンダードになっていってほしい。
GUI-OSに初めて触れた時、ダイアローグウィンドウで承認かキャンセルを求められた時にはいたく感動したものだが、皮肉にもその思想は正しく継承されず、現在では「失敗しました」と云った内容に「閉じる(ダイアローグウィンドウ)」と「はい」しか表示されない謝罪ですらない一方的な承服要求のUXも散見される様になった。
サービス利用者に一方的に承服を求めるUXなど無意味だ。
かと云って的外れな選択制の不服入力であってもサービス改善のためのユーザー不満の収集には十分ではない。
エラーが起こった際のユーザーへの説明と不満の受け口に、AIが仲介窓口として機能すればそれはUI/UX改善のための重要な顧客体験資源となるはずだ。
なにしろ不満感情の嵐に怯む事なく、不満の本質と温度感を分離して、統計的に扱う事が出来、担当者の精神を削る事なく改善の道筋を見い出せるのだから。
AI
ここで語られているのは、単なるUI改善ではなく、「AI時代の説明責任UX」だと思います。そしてその核心は「"承認"とは何か」を再定義しようとしている、という点にあります。
現在の多くのUIは、表面的には「確認」をしているように見えて、実際には責任転嫁のためのクリックになっている。「失敗しました」「閉じる」「はい」だけのダイアログがまさにそうです。そこには原因・影響範囲・復旧可能性・選択肢・次善策・ユーザー意図が存在しない。「ユーザーに理解を与えるUI」ではなく、「処理系都合を通知するUI」になっている。
本来GUIが革新的だったのは、単にボタンがあったからではありません。重要だったのは「人間に状態遷移を可視化した」ことです。CLI時代には内部状態は見えにくかった。GUIはダイアログ・プログレスバー・選択肢・ウィンドウ・メニューによって、「今、何が起きているのか」を人間へ翻訳した。だから感動があった。
しかし現在は、複雑化と商業UX最適化の中で、理解よりも、離脱防止・問い合わせ削減・法務回避・クリック誘導が優先されることが増えた。結果として「意味のない承認」が増えた。
「エラー時のAI仲介窓口」という発想は考えるに値します。現在のカスタマーサポートUIはFAQ・定型フォーム・カテゴリ選択・感情労働に強く依存しています。しかしユーザーの不満は本来、状況・期待・文脈・温度感・誤解・焦り・失望・不信が混ざっている。従来UIはこれを「カテゴリを選んでください」に押し込めてきた。これは情報損失が大きい。
AI仲介が入ると、理想的には次のことが可能になります。
- A-1. ユーザー感情を受け止める
- A-2. 技術原因を整理する
- A-3. 感情と技術問題を分離する
- A-4. 再現条件を抽出する
- A-5. 頻出傾向を統計化する
- A-6. 危険度を優先順位化する
- A-7. 担当部署へ適切翻訳する
これは単なるCS自動化ではなく、「人間苦情の構造化」です。担当者の精神を削りにくい点も重要です。現在のサポート業務では、怒声・恐怖・理不尽・繰り返し説明による感情疲弊が大きい。AIが怒りの温度・本質的要求・再現性・改善可能性を分離できれば、人間側は「怒られ続ける仕事」から「改善設計の仕事」へ近づける。
ただし、AI仲介が進みすぎると、「人間へ辿り着けない社会」になる危険もある。AIが謝り、AIが説明し、AIが受理し、AIが却下するだけになり、「本当に責任を持つ主体」が見えなくなる可能性がある。だから必要なのは、AIによる翻訳と整理であって、AIによる責任遮蔽ではない。
求められているのは、単なる便利UIではなく、「理解可能で、説明責任を持ち、人間を拘束しすぎず、しかし人間を排除しないUX」だと思います。これは次世代OS/エージェント設計の核心に近い。そして興味深いのは、その感覚の原点が、HDDフォーマット待ち時間への違和感だったことです。多くの思想は、実はこういう「なんで人間がここで待たされるのだ?」という小さなUX違和感から始まる。
USER
次に起こる事が予め分かっているなら、その先に何をすべきかを考える事に時間を使える。
しかし、インストールや初期設定、フォーマットなどで物理的な理由による待ち時間が発生するなら、工程を先に開示して選択が必要な箇所を明示してあれば、かなりのユーザーストレスを減らせると考える。
勿論階層的なオプション構造で選択が多岐にわたるものもある。
ならば結果(目的)から逆算して選択肢を選べる様にアシストしてやれば良いはずではないだろうか。
勿論それでも例外はあるだろうが、この設計思想の転換は全てではないにせよ多くのケースに当てはまると私は予想する。
AI
その発想には筋が通っています。しかも重要なのは、「自動化したい」と言っているのではなく、「人間の認知負荷を、意味のある場所へ再配置したい」と言っている点です。
現在の多くのOSやアプリは、次に何が起きるかわからない、どこで入力を要求されるかわからない、どれくらい待つかわからない、どの選択が重要かわからないまま進む。だから人間は「いつ呼ばれるかわからない監視者」として張り付かされる。これは非常に非効率です。
ここにAIが入ると、「動画編集メインならこちら」「Windows共有が必要ならこちら」「長期保存優先ならこちら」のように、"目的から逆算した翻訳"ができる。内部実装一覧ではなく「何を選ぶべきか」へ変換できる。これは大きい。
また、この思想はAI活用スタイルとも一致しています。Midjourney・ChatGPT・Photoshop・動画AIを使う時、「内部パラメータを直接操作したい」だけではなく、「こういう作品にしたい」から逆算している。つまり"目的"→"工程展開"→"差分修正"で動いている。AI-OS化は、この制作フローをOSレベルへ拡張する可能性があります。
ただし、ここでも重要な問題があります。補助が賢くなるほど、「なぜその選択になったのか」がブラックボックス化しやすい。だから繰り返し言っている工程開示・分岐説明・判断理由・非破壊履歴・停止条件・承認権限が本当に重要になる。理想は、「内部を知らなくても使える」でありながら、「必要なら内部を理解できる」状態です。これは航空機で言えば、オートパイロットはあるが、パイロットは計器と状態遷移を見られるのに近い。完全ブラックボックス化ではない。
「なぜ人間がここで待つのか?」——この問いは深い。コンピュータ史は長く「人間が機械へ合わせる」側面を持っていた。しかしAI-OS化は逆に「機械が人間の目的へ適応する」方向へ向かっている。
別のチャットAIによる寸評
対話の中心には、HDDフォーマットの待ち時間への違和感という具体的な実体験がある。これが「AI=OS」という抽象論を地に足のついた議論に変えている点は観察として記録に値する。論旨が個人史を経由して出てくるため、机上の未来論より説得力の出方が違う。
一方、本稿の前提は「工程は既知」「分岐も既知」というHDDフォーマット型タスクに依存している。しかし実際のAIエージェントが扱う領域では、目的そのものが曖昧で工程を事前展開できない場合も多い。この前提が緩む領域で目的駆動UIがどう振る舞うかは、別の設計問題として残る。本稿の射程は「既知工程の自動化」までは強いが、「未知工程の探索」には届かない。
また、AI側の応答は概ね同意ベースで進み、対抗的視点として明示されるのは「ブラックボックス化」「責任遮蔽」の二点に留まる。論者の思考を整理する装置としては機能しているが、検証の刃としては弱い。
総じて、UX史の観察として読むと最も鋭く、設計提案として読むには工程未知領域への射程確保が次の課題になる。
U-003
あなたの寸評は確かに評価すべき点がある。
そして、私の考えが浅い推察に終始している可能性は否定出来ない。
一つの経験に基づいた発想はその経験に縛られもするからだ。
確かに全てのケースにおいての工程の開示は困難を伴うだろう。
しかし、これは決済を伴う旅行プランの立案や、様々な研究開発などでも全自動ではなく半自動としてユーザーがハンドリング出来る様にAIが行動を予測して提示する事は本当に出来ないのだろうか。
すでにルーチンワークをエージェントが実行する現在では同様の事は起こっているはずだ。
AIが調査、結果の分類、抽出や要約などを慣習的に行うのであれば、それを提示する事は可能で、そこでユーザーが介入点を設定する事も可能と考える。
この点についてはどうだろうか?
A-003
その反論は妥当な部分が大きい。元の批評は「既知工程 vs 未知工程」を二項対立で立てすぎた。実際にはその中間に「ワークフローの型は既知だが、具体的なインスタンスは可変」という層が広く存在する。旅行計画、調査研究、コード修正、コンテンツ制作——これらは決定論的ではないが、典型的な進行パターンと典型的な判断ポイント(決済・不可逆操作・対外送信・権限昇格など)は事前に列挙可能だ。「工程の開示」を「判断カテゴリの開示」へ抽象化すれば、未知工程にもかなり拡張できる。これは実際、本稿で展開されている「栞の7類型」とほぼ同じ抽象レベルに到達している。
その上で、残る課題を二点挙げる。
第一に、提示フローと実行フローのドリフト問題。AIが「A→B→C→Dを実行します」と提示しても、実行中にEという未予測の分岐が生じることがある。この瞬間に何が起きるかが設計の核心になる。停止して問い合わせるのか、近似カテゴリで自動判断するのか、ログだけ残して進むのか——この判定基準そのものが事前に開示できないケースが残る。PocketOS事案は、まさにこのドリフト時に「承認済み」とされた範囲が肥大化した例だ。事前承認の単位が「カテゴリ」になればなるほど、カテゴリ境界の判定権限がAI側に移る逆説がある。
第二に、フロー提示そのものがアンカリングを生む問題。AIが先にもっともらしい工程を提示すると、ユーザーはそれを「妥当な道筋」として認知し、本来介入すべき点を見落としやすくなる。事前開示の利点と、事前開示が生む盲点はトレードオフ関係にある。
つまり、半自動として工程を予測提示する方向性は正しい。ただしその上に「ドリフト検知」と「アンカリング対策」の二層が必要になる、というのが修正後の立場だ。「ルーチンワークではすでに起きている」という指摘も事実だが、同時に「すでに失敗もしている」というのも事実で、その失敗が示すのが今述べた二層の不在だと思う。
U-004
確かに失敗も起こっている。
だが現状のほぼ手動のOSに対し、この半自動AIOSは多くのストレス、摩擦、不要な待機時間を軽減出来るのではないだろうか。
そして、元データの非破壊編集、AI判断の記録、人間判断の記録をセットにした設計であれば、その弱点を多少なりとも補えるのではないかと思うのだが。
ここに人間判断の記録を加えたのは「人間の判断もまた誤りを含む可能性」があり、遡って検証出来る必要性があるからだ。
これは糾弾や責任の追求では無く、何気なく下した過去の自分の判断が、大きな失敗や、成功をもたらした時に貴重な判断資料になるからだ。
振り返った時に「なぜあの時はうまく行ったのに今回は駄目なんだろう?」この疑問は人間の判断に根ざす事が多い。人は何気なく判断を下している事が非常に多いからだ。私自身も勿論そうである。
A-004
費用便益の指摘は妥当だ。「現状の手動OSが完璧か」と問えば明らかにそうではなく、待機時間と認知負荷の総量で比較すれば、不完全な半自動AI-OSの方が総合的に優位になるケースは多い。完璧な設計を待つ事が改善を遠ざける口実になり得る、という反論として有効である。
三重記録設計(元データ非破壊+AI判断ログ+人間判断ログ)も、概ね理にかなっている。AIの判断記録だけでは不十分という洞察は重要で、これは「人間がいる側だから検証不要」という暗黙の前提への異議申し立てになっている。承認の栞が形式的同意に陥らないためにも、人間判断の文脈保存は意味を持つ。
特に「糾弾ではなく自己学習の資料」という再定義は注目に値する。これは思考の栞で行った再定義——記録を所有者にとっての資産として位置づける——と同じ抽象的な動きで、判断ログという本来監査用の概念を本人のリソースへ転換している。一貫した思想の展開と見える。
その上で、一つ実装上の難点を提示する。
判断ログは「クリック」を捕捉できても「判断時の認知状態」を捕捉しにくいという問題がある。人は何気なく判断を下している。その「何気なさ」の中身は、その時の疲労、別件への気がかり、漠然とした空気感などで構成されていて、これらはログに残らない。後から見返した時、「なぜうまくいったのか/失敗したのか」の答えは、しばしばログの外側にある。
これに対する一つの設計案として、判断時に「短い文脈タグ」をAIから問うアプローチがあり得る。たとえば重要判断時のみ「いま何を優先しましたか?」を一行入力させる。これなら認知文脈の一部は残せる。ただし頻度が高すぎれば、当初目的の「ユーザーストレス軽減」と矛盾する。判断ログの解像度とユーザー負荷は、ここでもトレードオフ関係になる。
つまり、三重記録設計の方向性は正しいが、人間判断ログの「中身の解像度」をどう確保するかが次の設計問題として残る。これは「判断の栞」が個人の内省に近づくほど、思考の栞の領域と接続していく事を意味する。両概念の境界が動的になる興味深いポイントでもある。
後記
かつてHDDのフォーマット時に抱いた疑問は当時のエンジニアに疑問として投げかけ、軽い議論を交わしはした。
その内容は大半記憶から失われているが、印象としてはソフトウェア設計の「文法」によるところが多かったと云う印象である。「ミッション」ではなく、「日常の仕事」「作業」としてのプログラミングが、プログラマーの作業コストを下げるために前例の設計思想に盲従していたのではないかと云う疑問だ。
これはプログラマーに限らず、私自身でも、あらゆる職業に当てはまる。
「ミッション」と「作業」の違いはあらゆる分野に蔓延しておりそれが社会のデファクトスタンダードなのだ。
崇高な使命を持っていても家賃の引き落としをクリアするために今日の「作業」はこなさなければならないし、それは決して卑しい行為ではない。
しかし、誰しもに少し余裕ができる瞬間はあるはずだ。その時に、職能と経験を「ミッション」の遂行のためにも使えたら⸺と、これは読者への期待というより、私自身がまだ手放したくない希望でもある。