神経ハックと深海
内心の自由の最終防衛線
2-7節で論じた「深海」とは、消去するのでもなく公開するのでもなく、封じておくべき思考の領域だ。健全かどうかと自由であるかは別問題であり、AIは人間の暗い内心を裁くためではなく、その内心が現実の加害へ変換される地点を止めるために使われるべきだと述べた。
この原則は、神経インターフェース技術の進展によって、より切実な問いへと変わる。
「体験」と「内心」の境界が溶ける
ウェアラブルデバイスによる触覚・温冷・嗅覚の再現は、VR/MR空間の没入体験を豊かにする。しかしそれらはいずれも、皮膚・筋肉・鼻という「入口」を経由した刺激の再現に留まる。最終的な到達点は、脳や神経系への直接入力──「体験した」と脳が解釈する信号そのものを生成することだ。
問題はその先にある。神経インターフェースが高度化するほど、「体験」と「内心」の境界が溶け始める。外部から神経系へアクセスできるなら、体験だけでなく感情、記憶、信念、意思決定の傾向までが、読取と書込の対象になりうる。
深海は、最後の防衛線になる
脳信号がデータ化され、AIがそれを解釈・記録・分類できる社会では、「考えただけで罰せられる」は比喩ではなく文字通りの危険として現れる。
AIが止めるべきは、内心そのものではなく、内心が現実の加害へ変換される地点だという原則は、神経インターフェース時代においても、むしろより強く、守られなければならない。
インターAIの深海は、人間の暗い内心を排除するためにある層ではない。それを「消去するのでもなく公開するのでもなく、封じておく」──その設計の誠実さが、神経ハックの時代においても原則の骨格として機能し続ける。
データとルールは切り離されなければならない(2-7節)。脳信号というより深い層のデータが扱われる時代においても、ルールは時代と共に変わりうる一方、データの不可侵性は守られなければならない。「考えただけで罰せられるようなディストピアを作ってはならない」──この原則は、神経インターフェース時代においてこそ問われる。
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